プロレスは生き方を教えてくれる教科書

沼津駅南口から徒歩5分のところにある床屋「青鳥映」
看板
オーナーの荒木敏晴(びんせい)さんは生粋のプロレスファン。店内の壁にはプロレスの名場面が写った写真がずらりと貼られています。
マスク
ちょいワルな印象もあるスキンフェードスタイルや、きっちりとしたスタイリングなど、お客さんの好みに合わせて仕上げてくれます。

荒木さんに、プロレスを好きになったきっかけや今の思いなどを聞いてみました。
インタビュアー宮代(以下み)
ひろみ

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み)荒木さんはいつ頃からプロレスを好きなんですか?

小4の頃からです。

それ以来、途切れることなく好きです。一番はじめに好きになったレスラーは武藤敬司選手ですね。グレート・ムタの正体も知らないまま好きになっていました。
荒木さん

み)初めて生のプロレスを観たのはいつですか?

中学一年生の時です。沼津市民体育館でした。

その頃は沼津にプロレスの興行が毎年来ていて。当時はプロレス人気が高かったんですよね。夕方にテレビでやっていた時代もあって。

自分が好きになって見始めた頃には、深夜帯の放送になってしまっていたので、ビデオを録画していました。大仁田選手や高田選手が活躍していた頃でした。
チケット

み)ご自身も格闘技をやっていましたか?

はい。空手や柔道、レスリングなどの格闘技をやっていました。

長泉北中学校では柔道をやっていましたが、腰の骨を疲労骨折してしまって。

城北高校在学中はレスリング部に所属して、新人戦で優勝して3年では部長もやりました。と言っても当時3年生は自分とあと1人しかいませんでしたが。(笑)
格闘技
体育祭の騎馬戦では、グレートムタのフェイスペイントを真似て出場しました。絵の具が溶けてきたりしましたが、あれは嬉しかったですね。
騎馬戦

み)高校卒業後は理容の専門学校に進まれたんですよね?

はい。専門学生だった20歳前後は、棚橋弘至選手が特に好きでした。やっぱり新日本プロレスですね。東京の床屋で修行をしていたころからは葛西純選手が一番好きです。

カットモデルをしてもらっていた方からの紹介で、東京3年目くらいの時期にプロレスラーの方の髪を切らせてもらったりしていました。

み)ついにプロレスと直接的なつながりができたんですね?

プロレスが好きなら、と練習に参加する機会までいただいたんです。練習自体はすごく楽しかったんですが、あくまで本業は床屋なので、手を怪我してはいけないっていうのは常に頭にありました。
荒木さん②

み)それはすごいですね。

そのままプロレスの道に行くか、床屋として生きていくか本気で悩みましたが、その頃実はプロレスの死亡事故があって。やるなら中途半端じゃダメ、命懸けだ、と理解して結局は床屋になる道を選びました。

み)沼津に戻ってきてからの生活について教えてください。

床屋の修行を終えて沼津に戻ってきて、今は床屋が自分の居場所だと確信しています。
床屋◎
プロレスラーみたいにかっこいい髪型にしてあげたい、自分が髪を切った人がプロレスラーになったりしたら嬉しい、そんなことを考えながら試行錯誤しながら床屋をやっています。

プロレスファンの人が来てくれたら嬉しいですね。そうじゃない方も、もちろん歓迎です。
床屋

み)いつも大切にしている想いはありますか?

「ここしか生きる場所はない」ということですかね。

これは大好きな葛西純選手の言葉でもあります。自分の生きる場所はここしかない、といつも思っています。
ベルト

み)荒木さんにとってプロレスとは?

「生き方を教えてくれる教科書」ですね。

み)おおお!いいことを聞きました今日はありがとうございました!

インタビューを終えてーーーーーーーーーーーーー

スポーツを志す人の中で、それが生業になる人はほんのひと握りの特別な人たちです。その人たちを支えるのはたくさんのファンの熱狂です。沼津でのプロレス興業がなければ、荒木さんの熱狂も生まれなかったかもしれないですよね。生でスポーツを観戦する機会が、これからも地元で多くあると嬉しいなと思います。
ひろみ◎

青鳥映(アトリエ)
410-0803 静岡県沼津市添地町73 大興ビル 1F
(沼津駅南口から徒歩5分 )
055-962-5778
仲見世パーク1の無料駐車券サービスあり
定休日 月曜日、火曜日


ぬまスポでお馴染みの車いすラグビーの若山選手もカット!青鳥映のInstagram▼



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